院長 織井 恒安
(1968年東京生まれ AB型 みずがめ座)

院長 織井 恒安

挨拶文

当院のホームページをご覧いただきありがとうございます。院長の織井です。

私はこれまで30年以上にわたり、大学病院や基幹病院の第一線で、心臓外科医として数多くの手術に携わってきました。夜中の2時、3時に呼び出され、命の瀬戸際にいる患者さんと向き合う日々の中で、多くの仲間とともに医療の現場を支えてきました。その経験は私に大きな喜びと誇りを与えてくれる一方で、「もっと早い段階で、もっと身近な場所でできることがあるのではないか」という思いを強くさせられました。

高度医療の現場で培った知識と技術を、今後は町の“かかりつけ医”として、この場所で生かしたい。心臓や血管の病気だけでなく、高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病、さらにはお年寄りに多い肺炎、ちょっとしたケガや皮膚のトラブルまで、「ここに来ればまず相談できる」と感じていただける場所をつくりたい。その思いから、この地域にクリニックを開設しました。

当院では、循環器専門医としての専門性を土台にしながらも、「専門だけを見る医者」ではなく、「人と暮らし全体を見る医者」であることを大切にしています。検査や治療の説明はできるだけわかりやすく、納得いただけるまで丁寧に行い、不安や疑問を一人で抱え込ませないことが私の役割だと考えています。

目指すのは、

「心臓のことならあのクリニックに聞いてみよう」
「体調が不安なときは、まず南武に相談してみよう」

と地域のみなさまに思い出していただける存在です。

病気を見つけて治すだけでなく、発症を防ぎ、再発を防ぎ、元気な時間を少しでも長く延ばすために、街の人たちと歩調を合わせて伴走しながら、日々の健康づくりを支えていきたいと願っています。

日本の医療水準の高さは、大病院だけでなく、地域の一つひとつの医療機関の積み重ねで守られています。

当院もその一員として、この街から医療の“底上げ”に貢献できるよう、誠実で確かな診療を続けてまいります。どうぞお気軽にご相談ください。

織井 恒安

経歴・資格

略歴

平成4年
日本医科大学胸部外科学教室入局
平成9年
日本医科大学武蔵小杉病院 心臓血管外科
平成26年
東京慈恵医科大学 心臓外科 講師
平成26年
富士市立中央病院 心臓血管外科部長
平成30年
埼玉県立循環器・呼吸器病センター 心臓外科部長
令和4年
埼玉県立循環器・呼吸器病センター 副病院長
令和7年
南武クリニック院長

資格

  • 医学博士
  • 日本外科学会指導医・日本心臓血管外科学会修練指導医
  • 植え込み型除細動器・ペーシングによる心不全治療認定医
  • 低侵襲心臓手術(MICS)認定医

織井の経歴紹介
「命を救うために!」
~私の医師としての歩み、ふたりのメンターとの出会い~

  • 平成4年5月  日本医科大学附属第一病院第2外科学教室入局

学生時代、心臓外科の講義で出会ったT.S.教授との出会いが最初の人生の分岐点です。教授が講義中に語った、心臓手術の難しさや命を救うための情熱に触れ、私は心臓外科医を目指す決意を固めました。入局後、大学病院の過酷な労働環境の中で何度も挫折を味わいながら、「一流の心臓外科医になって患者さんを救いたい」、という思いで研修医時代が過ぎていきました。

  • 平成6年4月  湯河原厚生年金病院外科
  • 平成7年7月  立正佼成会病院外科
  • 平成8年10月  栃木県南総合病院外科(現佐野市民病院)

心臓外科医としての道を模索する中、私は日本全国を巡り、消化器外科・一般外科研修を始めました。どの場所でも、その地で出会った患者さんの命を預かりながら、私自身も医師としての経験を深めていきました。
研修終了後に心臓外科でのアメリカ留学の話があったものの、そのチャンスは儚く消えてしまい(諸事情により記載できず)、その時、私は心臓外科医としての夢を断念しかけました。そんな時、救ってくれたのがM.H.教授でした。教授の言葉に背中を押され、私は再び心臓外科医としての道を歩み始めました。

  • 平成9年10月  日本医科大学武蔵小杉病院 心臓血管外科助手

大学に戻り、M.H.教授の指導の下で約15年間もの間、心臓外科医としての研鑽を積ませていただき(振り返るとかなり厳しい愛の鞭を打たれました記憶があります)、ある程度の成長を遂げることができました。教授からの教えは、私の人生における「最初のメンター」として、今も色褪せることはありません。

  • 平成23年7月  沖縄 敬愛会中頭病院心臓血管外科

主任教授退官に伴い、一旦沖縄に派遣となりました。沖縄では、専門医2人という少ない人数でありながら、多くの患者さんの手術に立ち会うことができました。チーム医療の重要性を改めて認識させられました。J.H.部長には手術のみならず仲間をリスペクトする重要性など、多くのことを学びました。
中頭病院での勤務終了後、私は大学の医局を辞し、更に心臓外科から離れ、市中病院で勤務を始めました。私のような凡庸な人間は、一旦市中病院で楽をさせて頂くと二度と心臓外科の世界には戻れないだろうな、と感じながら診療を送る日々が続きました。しかし、人生の転機が訪れました。第二のメンターである、慈恵医大のK.H.教授との出会いです。

  • 平成26年4月  東京慈恵医科大学心臓外科入局 講師
  • 平成26年4月   富士市立中央病院 心臓血管外科部長

第一のメンターであるM.H.教授から紹介された慈恵医大のK.H.教授(第二のメンター)との出会いが、私の心臓外科への情熱を再燃させました。
再度、心臓外科医としての道を進む決意を固め、慈恵医科大学心臓外科、そして富士市立中央病院にて、さらなる技術と経験を積み重ねることができました。

K.H.教授は慈恵医大の教授退官後に副学長となられた後、2022年夏、志半ばでこの世を去りました。

2021年12月18日に、メンターであるK.H.教授から頂いた最後のメールです。

「織井先生
 ご心配をおかけします。
 残念ながら○○癌の診断でした。ステージ2ということで国立がんセンターでの手術になりそうです。
循呼センターをよろしくお願いします。   K.H. 」

先生はその後、世界中を、時にはのんびりと船で奥様と共に旅行され、楽しみ、悔いのない生涯を終えられた。
逝かれる直前まで奥様と旅行されていた、と増上寺での弔辞で聞き、両目から涙が溢れ出てきました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

先生に薫陶を受けた後輩は枚挙に暇がないと思います。

  • 平成30年1月  埼玉県立循環器・呼吸器病センター 心臓外科部長
  • 令和4年4月  埼玉県立循環器・呼吸器病センター 副病院長

メンター亡き後も、循環器病センターというハイボリュームセンターで心臓外科部長、副病院長として多くの患者さんと向き合い、昼夜を問わず命を救うための手術を行ってきました。命の大切さを痛感する中で、私は「初期の治療」の重要性を改めて認識し、医療の現場からより多くの命を守るために、開業を決意しました。

  • 令和7年7月 南武クリニック院長

そして令和7年7月、私は「南武クリニック」を開業しました。
患者様一人ひとりと向き合い、心から信頼していただける医療を提供したい。
その思いを胸に、今も現場で奮闘し続けています。

認定証 認定証 認定証 認定証 認定証

三枝 由紀子

昭和34年2月3日生

三枝 由紀子

学歴及び職歴

昭和52年3月
神奈川県立湘南高等学校 卒業
昭和58年3月
日本医科大学医学部 卒業
(医籍 第272645号)
昭和58年4月
日本医科大学第一病院麻酔科 入局
昭和61年4月
日本医科大学第二病院皮膚科 入局
平成2年4月
横浜市鶴見区 南武クリニック個人開設
平成5年10月
平塚市さえぐさ皮膚科クリニック 設立 理事就任
医療法人南武クリニックさえぐさ皮膚科クリニック管理者就任
平成16年7月
医療法人南武クリニック 理事長就任

その他

昭和60年
日本麻酔科学会 標榜医取得
平成4年
日本皮膚科学会 専門医取得